内面派?外見派?

内面派?外見派?

おつきあいをする男性を選ぶ基準を2つあげるとして「内面・外見」どちらかと言われれば、私は迷わず「外見」です。

ほとんどの方が「内面」を重視されると思いますが、私にとっては内面より外見なのです。

あくまで持論になるのですが、外見をきちんとできない男性の、内面がきちんとしているとは到底思えないからです。

例えば、髪の毛がきちんと定期的に切られている、洗われているというのは基本中の基本。

爪が短く切られている、男性だからといってムダ毛の処理を怠らない(鼻毛など)、匂いに気を配る、衣服は清潔なものを着用するなど、

これらは1日ですぐ習慣付けられるものではなく、常日頃から続けて気を付けていかなければならない事だと思っています。

外見を綺麗にする、磨くという事は凄く大変な事だと思うので、こういう努力を重ねられる人がいいなと思ってしまうのです。

偏見になるとは思いますが、優しさや頼もしさなんて、やろうと思えばすぐできることだと思うし、特に優しいなんて誰でも持ち合わせている感情だと思うのです。

「私の彼は優しいから大好き」という女性に、その優しさが無くなったら、あなたは彼のどこが好きなの?と聞きたくなります。

主婦の会話にも多いのですが、「昔は優しかったし、なんでもしてくれた」なんて事をよく聞きますが、そりゃそうです。

結婚してくれるまでの間のアプローチ期間中は、女がわがままでもなんでも男は我慢できるもんなのです。

「優しいし、なんでもしてくれる」という上辺の行動で相手の内面なんて見えるもんじゃない。

ましてやそれが相手の内面だなんて思った日には、それ相応の幸せしか手に入らない気がします。

外見だ外見だと言ってはいますが、もちろん内面も判断しないわけではありません。

ただ、私が内面で拘るとしたら、相手を気遣える心があったり、社会的なマナーやモラルがあったり、お金の使い方が常識的であればいいと思います。

「お互いの価値観」なんてものはお互いの努力で合わせていけばいいと思いますし、そもそも価値観が合うもの同士でなくてもなりたつ関係もあると思います。

そんな事ないよと反論もあるとは思いますが、私はやっぱり内面なんて目に見えないものよりも、外見で目に見えるものを信じてしまうのです。

選抜芸能祭

私の妹は小学生の頃から舞踊を習っています。

最近では新人賞を受賞し、長年続けてきた結果がついてきているように思います。

そんな妹が選抜芸能祭に出ることになり、私達家族も妹の舞台を見にいくことになりました。

厳かな雰囲気の元、芸能祭の幕が上がったのですが、そんな中一人だけおちつかない男が目につきます。

そうです。妹の息子、我らが甥っ子です。

見事な古典音楽に見向きもせず、大ホールの階段を自由に上ったり下りたり。

1人での階段は危険なため、私は必死に追いかけ止めさせようとするのですが、いざ止めようとすると大声を出して反抗します。

こんな状況での大声はマズイと、甥っ子をなだめると調子にのってまた階段を行ったり来たり。

さすがにこれは周りの人に迷惑だと思った私の判断で担ぎあげられた甥っ子は、父の素早い行動で会場の外へ。

しかし会場の外へ出された事が気に食わなかったのか、重い扉を必至でこじ開けまた戻ってきます。

子供のパワーは底なしです。いい歳の父に代わり、今度は私が甥っ子の面倒をみるため会場の外へ。

外でも元気に走り回る甥っ子を捕まえ、大人しくするように言います。すると甥っ子が「お口チャックするから、中でママが見たい」というのです。

元気に走り回っていても、やはり母親と離されると寂しいのでしょう。甥っ子の言葉に胸が痛くなり、「じゃぁ、お口チャックするってお約束ね」と抱っこしたまま会場の中へ。

と入った瞬間に「ママ今から出るの~?」と大声で話し始めます。

あまりの声のでかさに、思わず会場の外に出ようとすると、スタッフに「子供は外へお願いします!」とうとう怒られてしまいました。

お口チャックできるだろうと思っていた私が間違っていました。

その後はもう甥っ子のやりたい放題。

会場入り口を出たり入ったり。顔を覚えられたおかげで、チケットを再提示することもなく私も自由に出たり入ったり。

追いかけっこを続ける私達の姿に、会場スタッフからは「元気ですね~」と苦笑いが。

大人たちにとっては普段見ることができない古典芸能を楽しむ事ができる良い機会かもしれませんが、甥っ子にとってはただの退屈な場所でしかないのかもしれません。

可愛い可愛い甥っ子ですが、こういう厳かな芸能祭にはお家でお留守番がいいのかもなんて、甥っ子を追いかけながら思うのでした。